アメリカの博士がインセプションを調査した結果がすごすぎる!!! その2

その1ではインセプション自体そのものが映画的な構造であると説明しました。見てない方はそちらを先に読んでください。アメリカの博士がインセプションを調査した結果がすごすぎる!!! その1 実はこの映画の構造は実はクリストファーノーラン監督の意図したものではなかったのです。彼のインタビューで言われていたのが、夢の構造と映画の関連性について彼の兄弟に指摘されるまで気づいていなかったようです。

ここから推測できることは、彼のクリエイターとしての考え方ですよ。インセプションの設定を考えるときに自分のクリエイター論を投影しているので、結果的に同じような構造になってしまったんですね。彼の無意識的な部分と言うことになります。

全て夢である説

本で紹介されていた説が四つくらいあってだいたい現実説とかほぼ夢説とか、線引きは色々あるようです。映画始まってから終わりまで全てが夢ですという説ですね。全てです。この説が一番説明するのが楽なんですけど、「だって夢だもん」と言えるから笑

でも、証拠がいくつかあって

  1. Cobbはおそらく夢に入る道具を使わないと眠れなくなってしまっている。
  2. Cobbのなくなった嫁のMalが自殺する直前なぜかホテルの部屋の窓の向かい側の建物の窓にいる。
  3. MombasaでCobbが追われるシーンで、追っ手が突然現れたり消えたりする。建物に挟まれる。
  4. 夢が終わるときに流される歌があって、その歌が終わると同時に夢が冷めると言う設定になっています。その歌が2分28秒なんですけど、実はこの映画の上映時間も2時間28分である
  5. AriadoneがMalが自殺するホテルの夢にはいいて行くときCobbと全くおない行動をとる、それはCobbの記憶の中での世界でしかないから

他にも、トーテムのことだったり、MalとCobbの関係だったりわかることもあるのですが、次回のblogで書きます。

インセプションの言葉の定義について

ある一つのメディア、この映画では夢やアイディア、によって傍観者の頭が支配されてしまうような状態です。それは現実の様々なことと結びつけることができます。例えば、広告だったり、教育だったり、テレビ、歌もそこに含まれるかもしません。それらの全てはあなたの頭にこれが真実であると植えつけてしまうものなんですね。このブログもそれに含まれます。

個人的な見解としては、この考え方はほぼ全ての情報に関係している気がします。自分の国で報道されてることと海外で報道されてるいることは全然違ってきます。特に言語の壁による統制力は大きいと思います。日本語では検索しても出てこないことが英語では出てきます。逆も然りです。

このテーマに近い映画で僕の好きな映画をあげると、マトリックス、スポットライト、Fight Club, Sicarioあげるとキリがないです。あげてる映画の中二感がすごいですけど… し

まとめ

全てが夢であるのとインセプションの言葉の意味を掛け合わせてみると、この映画自体ただの一人のinceptionでしかないのです。でもこの映画を見た人は全てが夢だと、途中から夢になってるとか色々と議論をします。その理由は監督自身がどっちかを決めないで曖昧な状態にしているからなんです。本人曰く、どれかに特定せずにシンプルにすることで会社うの余地をのこします。決めつけると矛盾が生まれてしまう観客は騙されたと感じてしまうからです。作者の意図どうりに解釈されるべきかと言う問題になってきます。Intentionalismですな。それについては今度くわしくは書こうと思います。玉石混交した情報社会の中で何を信じるか、捨てるか。普遍的なテーマとゆうわけです。

 

 

 

 

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